前回は、「嫌われる」ということについてお話ししました。

これからの時代を生き抜いていくためにも、そして何より楽しく生きていくためにも

・同調圧力に屈しない
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・人に嫌われることを恐れない
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というのは大事なのことなのではないか、という話でした。

http://www.mokutanya.com/zvlo


さて、今回は「神事について」思うこと。


先日、夕食の後に一杯飲みながら、妻とこんな話をしたんです。

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私:

今朝さあ、半分起きているんだか寝てるんだかウツラウツラしてるとき、こんな考えが浮かんだんだ。

この世(物理空間)って、情報空間の写像にすぎないんじゃないかって。

写像っていうとアレだけど、まあその自分と影の関係というか。

自分は立体だけど、影の方は平面。つまり2次元だから次元は低いし、血も流れていない。

で、もしそうだとすると写像関数が変われば、物理空間つまり現実が変わるわけだよね。


我々はたぶん情報空間に直接作用を与えることはできない。

でも、その関数になら、何らかの作用を与えることはできるんじゃないか。

その技法を集大成したものが「神道」なんじゃないかって思うんだ。


だから、今住んでるこの家だってけっこう良い家だし、それなりに良い家具もある。

仕事もいろいろ大変なことはあるけど、楽しくやってる。

こういうのはウチでけっこう神事を大事にしてるからなんじゃないかな。


毎朝神棚に手を合わせてるし、正月飾りだってワラで手作りしたし、おせち料理だって作った。

まあ、黒豆、伊達巻き、栗きんとんの3つだけだけど。

正月って、日本人にとっては最大の神事でしょ。

でも、今はおせちも作るものではなく、買うものになっちゃったよね。

自分たちの同世代の友人・知人でもそうだし、もっと上の世代でもそうだよね。


妻:

うん、確かにそういうのあるかも。

だから、こういうことも言うよね。

銀行が融資するかどうか決める時に、その会社に神棚があるかどうかで決めることがあるって。


私:

へぇー、そんなこともあるんだ。

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とまあこんな話をしたんです。

※神棚の話はどうも

http://www.ndana.com/url/file/kamidana.html

の本から来てるのかもしれません。


神事といっても別に正式なものでなくとも、そういうものを大事にするってことは、日本人らしさを大事にするってことだと思うんです。

そして、グローバル化の時代だからこそ、よけいに日本人らしさが大事なんじゃないかと。

だって、見た目は日本人みたいで、日本語も堪能だけど、自国のフランスのことはよく知らないフランス人って、何の魅力もないですよね。

逆も真なり。欧米人みたいな日本人って、欧米じゃただの一般人でしょ(笑)。


だから、神事とたいそうなことでなくても、できることから始めてみればいいんじゃないかと。

栗きんとんだって、ミキサー使ったら申し訳ないぐらい簡単だったし。

子供の頃、母親の手伝いした時は、ゆでたサツマイモの裏ごしをふうふう言いながらやった覚えがあるけど。

梅干しとかも、作ってみるとけっこう楽しい。

できることから。

肩肘張らずに。

おもしろがって。


今回はここまで。

次回は「本当にやりたいこと?」について。